第36条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
判示事項
殺人未遂罪につき誤想過剰防衛が認められた事例。
裁判要旨
被告人の長男甲が乙に対し、乙がまだなんらの侵害行為に出ていないのに、これに対し所携のチエーンで殴りかかつた上、なお攻撃を加えることを辞さない意思をもつて、庖丁を擬した乙と対峙していた際に、甲の叫び声を聞いて表道路に飛び出した被告人は、右のごとき事情を知らず、甲が乙から一方的に攻撃を受けているものと誤信し、その侵害を排除するため乙に対し猟銃を発射し、散弾の一部を同人の右頸部前面鎖骨上部に命中させたものであること、その他原判決認定の事実関係(原判文参照)のもとにおいては、被告人の本件所為は、誤想防衛であるが、その防衛の程度を超えたものとして、刑法第三六条第二項により処断すべきものである。
判示事項
傷害致死につき誤想過剰防衛であるとされた事例
裁判要旨
空手三段の在日外国人が、酩酊した甲女とこれをなだめていた乙男とが揉み合ううち甲女が尻もちをついたのを目撃して、甲女が乙男から暴行を受けているものと誤解し、甲女を助けるべく両者の間に割つて入つたところ、乙男が防衛のため両こぶしを胸に前辺りに上げたのを自分に殴りかかつてくるものと誤信し、自己及び甲女の身体を防衛しようと考え、とつさに空手技の回し蹴りを乙男の顔面付近に当て、同人を路上に転倒させ、その結果後日死亡するに至らせた行為は、誤信にかかる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱し、誤想過剰防衛に当たる。
単に予期したに留まらず、その機会を利用して積極的に加害する意思が肯定できれば「急迫」性が否定される。
判示事項
侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合における刑法36条の急迫性の判断方法
裁判要旨
行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきであり,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容した刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
判示事項
刑法三六条における侵害の急迫性
裁判要旨
刑法三六条における侵害の急迫性は、当然又はほとんど確実に侵害が予期されただけで失われるものではないが、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは失われることになる。
判示事項
刑法三六条一項にいう「已ムコトヲ得サルニ出テタル行為」の意義
裁判要旨
刑法三六条一項にいう「已ムコトヲ得サルニ出テタル行為」とは、反撃行為が急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を有することを意味し、右行為によつて生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であつても、正当防衛行為でなくなるものではない。
判示事項
一 刑法三六条にいう「急迫」の意義
二 刑法三六条の防衛行為と防衛の意思
刑法三六条の防衛行為と防衛の意思」
裁判要旨
一 刑法三六条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫つていることを意味し、その侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではない。
二 刑法三六条の防衛行為は、防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。
判示事項
被告人が,自らの暴行により相手方の攻撃を招き,これに対する反撃としてした傷害行為について,正当防衛が否定された事例
裁判要旨
相手方から攻撃された被告人がその反撃として傷害行為に及んだが,被告人は,相手方の攻撃に先立ち,相手方に対して暴行を加えているのであって,相手方の攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,相手方の攻撃が被告人の上記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の上記傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない。
判示事項
喧嘩と正当防衛
裁判要旨
喧嘩闘争において正当防衛が成立するかどうかを判断するに当つては喧嘩闘争を全般的に観察することを要し、闘争行為中の瞬間的な部分の攻防の態様のみによつてはならない。
防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加える行為は、防衛の意思を欠く結果、正当防衛のための行為と認めることはできないが、防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合の行為は、防衛の意思を欠くものではない
判示事項
防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合と刑法三六条の防衛行為
裁判要旨
急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためにした行為であるかぎり、同時に侵害者に対する攻撃的な意思に出たものであつても、刑法三六条の防衛行為にあたる。
判示事項
一 刑法第三六條にいわゆる「急迫」の意義―刑法第三七條にいわゆる「現在の危難」の意義
二 公益のための正當防衞
三 國家的公共的法益の侵害等に對する私人の正當防衞行爲の限界
裁判要旨
一 刑法第三六條にいわゆる急迫の侵害における「急迫」とは、法益の侵害が間近に押し迫つたことすなわち法益侵害の危險が緊迫したことを意味するのであつて、被害の現在性を意味するものではないまた刑法第三七條にいわゆる「現在の危難」についても、ほぼこれと同様のことが云い得るわけである。
二 公共の福祉を最高の指導原理とする新憲法の理念からいつても、公共の福祉をも含めてすべての法益は、國家的、國民的、公共的法益についても正當防衞の許さるべき場合が存することを認むべきである。だがしかし、本來國家的、公共的法益を保全防衞することは、國家又は公共團體の公的機關の本來の任務に属する事柄であつて、これをた易く事由に私人又は私的團體の行動に委することは却つて秩序を亂し事態を悪化せしむる危險を伴う虞がある。それ故、かかる公益のための正當防衞等は、國家公共の機關の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合においてのみ例外的に許容さるべきものと解するを相當とする。そこで原判決の判示した具體的な客觀的事態情勢は、國家公共の機關(連合國の占領下にある現状においては、占領軍機關をも含めて)の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合に該當するに至つたものとは到底認めることができない從つてかかる事態の下においては、被告人の行動を正當防衞又は緊急避難として寛恕するを得ないものと云わねばならぬ。
三 防衞行爲が己むことを得ないとは、當該具體的事態の下において當時の社會的通念が、防衞行爲として當然性、妥當性を認め得るものを云うのである。そして、殊に國家的公共的法益に對する侵害等を私人が防衞する場合に、己むことを得ざるものとして當然許容さるべき範圍は、整備せる現在國家の機構組織の下において、必然的に比較的極めて狭少な限局されたものたるべきことは國家理論の歸結として何人も承認しなければならぬところである。